大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成10年(オ)2036号 判決

上告人 李鶴来 ほか七名

被上告人 国代理人 東村富美子

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人今村嗣夫、同小池健治、同平湯真人、同木村庸五、同秀嶋ゆかり、同和久田修、同上本忠雄の上告理由第一点について

一  原審が適法に確定した事実関係は、次のとおりである。

1  上告人李鶴来、同尹東鉉、同金完根、同文濟行、亡卞鐘尹、同文泰福及び同朴允商(以下「上告人李鶴来ら七名の者」という。)は、いずれも我が国の統治下にあった朝鮮の出身者であり、昭和一七年ころ、半ば強制的に俘虜監視員に応募させられ、日本軍の軍属として採用された後、タイ俘虜収容所、マレー俘虜収容所等において俘虜の監視等に従事した。

2  上告人李鶴来ら七名の者は、第二次世界大戦後、右俘虜の監視等に従事中に俘虜に対し虐待等の行為をした戦犯として連合国による裁判を受け、その結果、上告人李鶴来、亡卞鐘尹及び同文泰福は、死刑を、その余の者は、拘禁一〇ないし二〇年の刑を宣告され、そのうち、上告人李鶴来及び亡文泰福については拘禁二〇年及び一〇年に減刑されたものの、亡卞鐘尹は死刑の執行を受け、その余の者は、長期間にわたって拘禁されるなど、深刻かつ甚大な犠牲ないし損害を被った。

3  上告人卞光洙は亡卞鐘尹の、上告人芦澤承謙は亡文泰福の、上告人李學順及び同朴一濬は亡朴允商の、それぞれ相続人である。

二  右の事実関係によれば、上告人李鶴来ら七名の者が被った犠牲ないし損害は、第二次世界大戦後、戦犯として、前記刑の執行を受けたことによって生じたものであり、これは、我が国の敗戦に伴うものといわざるを得ないところ、このような犠牲ないし損害に対する補償の要否及びその在り方については、国家財政、社会経済、損害の内容、程度等に関する資料を基礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解するのが相当である(最高裁昭和四〇年(オ)第四一七号同四三年一一月二七日大法廷判決・民集二二巻一二号二八〇八頁、最高裁平成五年(オ)第一七五一号同九年三月一三日第一小法廷判決・民集五一巻三号一二三三頁参照)。上告人李鶴来ら七名の者が被った犠牲ないし損害の深刻さにかんがみると、これに対する補償を可能とする立法措置が講じられていないことについて不満を抱く上告人らの心情は理解し得ないものではないが、このような犠牲ないし損害について立法を待たずに当然に戦争遂行主体であった国に対して国家補償を請求することができるという条理はいまだ存在しないものといわざるを得ず、憲法の諸規定からこのような条理が導き出されるものでもないから、これと同旨を説示する原審の判断は正当として是認することができる。

以上によれば、所論は理由がないことに帰するものというべきである。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することはできない。

同第二点及び第三点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、違憲をいう点を含め、原判決の結論に影響しない点をとらえてその違法をいうか、又は独自の見解に基づいて原判決の法令違背をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 小野幹雄 遠藤光男 井嶋一友 藤井正雄 大出峻郎)

上告理由〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例